page209　悪い奴ほどよく眠る　99.5.17

映画タイトル：悪い奴ほどよく眠る　監督：黒澤明　
脚本：黒澤明　小国英雄　久板栄二郎　菊島隆三　PAGE 209

（スタッフ）

製作＝東宝　黒澤プロダクション

製作＝黒澤明　田中友幸

撮影＝逢沢譲

音楽＝佐藤勝

録音＝矢野口文雄

整音＝下永尚

照明＝猪原一郎

美術＝村木与四郎

特殊技術＝東宝技術

製作担当＝根津博

（コメント）

　60年の9月に封切られている。ここで初めて見る。六十年代前半の映画にこだわれば、大島渚作品とも同時代の映画として語られていいものだが、そうした批評は、当時は、あったかもしれないが、六十年代の後半には、そんな発想を誰も語ろうとはしていない。

　そもそも、黒澤映画を今日性や同時代性で語ろうとはしていなかったと思う。ただ、いま思えば、佐藤忠男は『黒沢明の世界』を出版するのが六十九年となっているのを見ると、こちらの不明を恥じずにはいられないのだが、実際わたしがこの本を手にするのは、いつなのか記憶にないのだが奥付けから推量しても、十年後のことだ。
　
　当時は、映画をつくることが、第一義的なもんだいであったわたしには、黒澤は過去のひとでしかなかった。その頃からも、すでに、溝口、小津は過去のものではなかった。二人の評価は高まり、フィルムセンターでの上映に足繁く駆けつけたものだ。逆に、黒澤作品は、池袋の文芸座地下という印象が強い。ちなみに、銀座並木座は、黒澤、溝口、小津作品など名作をまんべんなく上映していたように思える。

　さて、映画を見て、びっくりした。それは、期待どおりと言える。結婚式のシーンから始まる。これは、少なからず、大島作品の『日本の夜と霧』に影響を与えているに違いないと思わせる。汚職に関係する公団の課長補佐（藤原）、課長（西村）、管理部長（志村）、総裁（三津田健）、副総裁（森雅之）と役者もそろえて登場する。

　ここへ記者（三井）たちが駆けつけ、憶測と注釈を入れてくれるわけで、面白くないわけがない。この結婚式は副総裁の娘、香川と三船のものである。香川が足が悪いことを、ロングにひいて、エレベーターから披露宴会場まで新郎新婦の入場ということで、歩かせて、この式がただごとでないことを知ららせ、見るもを不安にさせる。　

　話は手が込んでいる。戸籍の入れ替えまでやって、三船は、復讐を企てる。役所や役人の心理や汚職の構造が、「生きる」同様に、よく描かれていてびっくりする。副総裁と総裁の関係、副総裁と建設会社の担当と重役との関係など実にリアルである。

　そして、藤原、西村の追いつめかたがうまい。西村を狂わすまでおいこむ、狂う西村も好演で、見応えがある。ちょい役の殺し屋の田中邦衛もいい。いい味と雰囲気をすでに出している。

　シネマスコープをうまく使っている。右端、左端、中央の３点や大きく右、左といった具合に人などを配して芝居をさせている。

　舞台の副総裁の家は、どうも『白痴』の志村、久我たちの家に似ている洋館であり、中庭でのバーべキューや外車を走らせるのは、当時の庶民には、これらに、やはり「高級金持ち」のイメージが強くあるのだろう。

　いいとこまでいって、結局は汚職の根元まで世間に暴けず、非業の死をとげる三船、怒る戸籍まで取り替え、協力した加藤。ふたりには、戦争の影が落ちている。

　三船と香川は、三船の計略なのだが、真に惹かれ合うことになり、それが、策略の足を引っ張る。ここでは、人の良さを藤原がつなぐ。結構劇的にふたりの再会が演出される。三船はいう「悪を憎みきれない」と。娘を犠牲にしても、悪を全うする。

　そして、黒幕の政治家には被害を及ばせずにくい止める手腕を最後まで発揮する。ラストがうまい。黒幕の電話を切ろうとして、午前中なのに、「お休みなさい」いい、「昨夜から、寝ていないのでつい」と言い訳して切る。そこへタイトル「悪い奴ほどよく眠る」とやってみせる。うまやね。感心。

　この映画は世界的水準にある。また、『天国と地獄』がそうであるように、この映画の模倣から、いや大きな影響を受けながら、今日までの日本映画、テレビドラマがあったのだということも、確かだ。びっくりだ。（1999.5.17）　　　　　　　　　　　

　